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お は な し 椅 子                                      野 原 悠(絵:作)



亜子ちゃんのおばあちゃんは、家族からバアバと呼ばれています。
バアバは、分厚いメガネをかけ足首まである長い黒いエプロンをつけ魔法使いのおばあさんみたいです。
バアバの部屋の大きな缶に、時々ドーナツをいっぱい作って入れてあります。
ねじったかたちで、ちょっとかたくて、お砂糖がいっぱいついているドーナツを一緒にたべながら
バアバのお話がはじまります。特に大きな犬の話は力がはいります。

バアバは、部屋のカーテンをサッ―とひき、ちょっと部屋をくらくして、床から高さが25センチぐらいの、小さな背当てのない椅子に、腰をおろしひざをたてて坐ります。長いエプロンをドレスのように足の上にかけます。
古そうな椅子ですが、クッションがゴブラン織りのクマの可愛い模様になっています。
亜子ちゃんは、この可愛い椅子をほしいのですが、バアバは絶対ダメと言います。
それから電気スタンドのスイッチをいれ、バアバの手元を明るくして、ひざの上に軽く手を組みます。
ほんとの魔法使いのおばあちゃんみたいに、しわがれた低い声で始まります。

「ある家に四人家族と一匹の大きな犬が住んでいたのさ。ある日家族全員が、
バタバタと出かけたことがあってね、大きな犬に声もかけられないほど急いでいたらしい」
「いつも、大きな犬に言っていくの?」亜子ちゃんが聞くと
「もちろんだよ。家族なんだから。それに犬は家族と家をまもろうとしているのさ」
続けてバアバは
「夜になって家族が帰ってくると大きな犬は、左の後ろ足をおりまげて、三本足でヒョコヒョコと倒れそうになりながら出てきた。その姿は、あまりに可哀そうで、痛そうで、なにがあったの?後ろ足を折るようなケガをしたの?家族は、大ショックを受け大騒ぎで動物病院へ連れて行った。獣医さんはレントゲンを撮ってみても原因が解らない?と言ってクビをかしげる。いちおう痛み止めの薬をだしてくれた。
お父さんがだっこして、みんなで心配しながら帰ってきたのさ」

「それからどうしたの?」
「それからが面白いのさ。居間で大きな犬は、家族に囲まれて長座布団に横になっていたけれど、突然立ち上がって四本足でスタスタ歩いて水を飲みに行った。それからまた、左の後ろ足をおりまげ、三本足になって
ふらつきながらヒョコヒョコ戻ってきた。なにごともなかったように、長座布団に横になったのさ。
びっくりして家族は、顔を見合わせたよ」
「じゃあ、みんなで大笑い?」
「いやみんなは、すぐにわかったんだよ。誰もなにも言わないで行っちゃったから寂しかった。心配してほしかったって・・だから犬の前では笑わなかった。中学生になった息子たちは、大きな犬の気持ちを思ったのだろう、半泣きだった。大きな犬のプライドを傷つけたくなかったのさ。大きな犬は、なかなかの演技派なのさ。
家族の愛情を確かめたかったんだよ。なかなかすごいだろう・・ウフフ・・」

バアバが亡くなって三週間になります。九十六歳でした。
亜子ちゃんは、バアバが、ほんとの魔法使いだったらよかったのにと思いながら、バアバの部屋に入るとそっと戸を閉めて、バアバがしたようにカーテンを引きました。あのドーナツの缶も空っぽのまま同じ場所にあります。
小さなあの椅子は、ポツンと置かれています。スタンドの明かりを点けると、
クッションのクマの模様が、さみしそうに見えました。
バアバの分厚いメガネ、しわがいっぱいの笑顔、しわしわの優しい手、わざと話す低い声を思い出します。
壁によりかかり椅子をぼんやり見ていました。
すると?バアバがこの小さな椅子に座って誰かと話をしています。
亜子ちゃんは、言葉を飲み込みました。

『えっ?・・なに・・魔法?・・バアバ?』バアバは、すこし前かがみになり話しかけています。
『だからね・・うん・・そうそう・・』腰掛けたバアバの前に大きな犬が座っています。目の高さがおなじです。
犬は賢そうな目をしてクビをちょっと傾げ、熱心に話を聞いています。
『この椅子は、ありがたいね。前は、あの大きなソファに一緒に座って話をしたね。いつもヒラリと飛び乗れたね!むりないよね!お互いに年をとった。足が弱ったことを隠していたね。だからバアバが低くなればいいと思った。
あのアンティークショップでこの椅子を見つけた時はうれしかった』
大きな犬は、やさしくバアバを見ています。
 
『あの夏の朝の気持ちよさ、ゆかいだったねぇ。毎日あの爽やかな夏の朝だったらいいのにね。
あの夏の朝は、どうしてとっておけないのかね〜、あの夏の朝に行きたいねぇ』
犬は、思い出すように遠くを見つめてから、優しくバアバに寄り添いました。
バアバの背中が、大きな犬にもたれかかって小さくみえます。
大きな犬は、シッポをふってバアバとおはなをツンと合わせてうれしそうです。
バアバは、やさしく犬をなぜて自分のおでこを犬のおでこにつけて、しばらくじっとしていました。
やがて犬の姿が消えてしまい、バアバはメガネをはずし手で涙をぬぐっています。

亜子ちゃんは、おもわず手をのばし
「バアバ!」と声をかけました。同時にバアバの姿は、消えてしまいました。
亜子ちゃんの目からボロボロなみだがこぼれおちました。
亜子ちゃんが生まれるずっと前に、家に大きな犬がいたという話は聞いたことがありました。
「バアバ、この椅子は大きな犬とお話しする椅子だったのね。私が大切にするね」
それから小さな椅子を自分の部屋のランドセルの掛かっている椅子にならべて置きました。
お部屋に爽やかな風が入ってきたような気がしました。
亜子ちゃんは、小さな椅子を『おはなし椅子』と名づけました。

 

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